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ノックエア@FC2

とあるカラスの邁進記

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訓戒/01

                     ※ATTENTION※


今回の記事はあくまで自分のメモ用です。
ネットでのコミュニケーション、チャットに対しての意見をつれづれなるままに書いてます。
かなり本音ベースで書いてあります。
しかもこの本音。黒ベースでお話ししますので、
孔浪のイメージぶちこわしたくないかた。沸点低い方はご覧にならないで下さい。
お手数をおかけしてしまい申し訳ないです。


   























リアルとネットのすみわけというか、ギャップというかに苦しむ。
個人的にはそこにおけるコミュニケーションって大きなちがいってないと思うんだけど、
どーにもノドに骨が引っかかった感覚というか。すっきりしない感覚があるので、
考えまとめるためにも書いておきたいと思った。




リアルの世界:人間同士の関係がネットに比べ分かりやすい。話に対しての姿勢等も見えやすい。

ネットの世界:まず相手が見えにくい。会話の発展性が生みづらい。リアル>ネットの構図。

今考えて思ってたのがこれらの点です。


掘り下げてみよう。まずはリアルの世界での会話から。

人間関係が分かりやすい、話に対しての姿勢も見えやすいというのは。
まず空間としての「間」があること。表情等相手の姿が詳細に見えること。があげられるのではなかろうか。
対して、ネットではそれらが制限され削ぎ落とされる。
なので、自分の主張は聞いてもらえるけど、実のところのリアクションなどが見えないため、
依存型の人間にとっては主張する、ただ話を上げるというフェーズで満足がいくのかもしれない。
問題はうちのように会話に発展を求める。タイプで言うと「(依存)会話型」の人間の場合であるような気がする。先のと違うのは、会話に対して発信するだけでなく、意志を持った他者に具体的なレスポンスを頂けて初めてそこでの満足がうまれるという感覚だと思うんだけど。
(まぁその話の内容が肯定になるにしても否定になるとしても。)

ともなると、現状のウェブリンでのチャットで受ける印象は次のようなものです。
まるでネット掲示板会話のようだ。(あくまで私個人の印象)
自身が好きなことをほうり込むまでは良いんだけど、
そこから興味がない。レスしづらいといったものに関しては、
皆曖昧な返事しか返さず。お茶を濁す。
かといってそこからの話題の転換はまず無く、
単純に静寂だけが訪れる。(まぁさますのにはいい手だと思う。)
で、集約すると。
会話しに来てるんじゃなくて、自分の意見なげこみにきてるだけという印象だ。
それってチャットじゃなくてもよくない?(ツイッタ―あたりなんかまさにそれだし。)
と思ったんだが、
よくよく考えてみると、掲示板と違いチャットには一応その場に参加者達がいることが前提なので
ある種の疑似共通体験を生んでいるのかもしれない。
そこでだれかと一緒にいるという感覚を得ることもまた、快感になるのかも?
一緒にいると言うことで、寂しさというかそういうの紛らわせると言うことは確かにあるのかもなぁ。
自分の存在意義をだせるというか。
うーm。

にしても、これだとあまりにも生産性が低い。
そもそもチャットに生産性なんか必要なのかと問われれば否かもしれないけど、
会話というものをチャットの特性と考えると、それってやっぱりどうなのかとも思う。
割り切れる人間にとってはいいのかもしれないけれどもなぁ。。。

これは、会話を①「楽しむべきもの。おしゃべり。」ととるか②「自己を発展させる話し合い、情報交換」ととるかで違うのか。

ん、、、

いやでも。
俺結構りんねたんいじりとかもしてるよなぁ。
被害者のりんねさんはともかく(ぉぃ)、俺は楽しんでるけど。
あれはどこに生産性があるんだろう。

ああそうか、成果物が一応できてる。絵と多少の距離関係構築の生産。
これだ。だから俺も話してけるのか。その距離はすっごいあやういものだけど。
まるでうすいガラスでできているのか、しっかりとした木で頑丈に作られてるのか分からないけど。
一応の成果物としては出る。
ここがおおきいのか。
でも、
②にしても会話ってやっぱり楽しい方が弾むから、①と②の境界はかなり曖昧と見て良いかもしれない。

fm-

チャット等の機能は確かに交流は生むけど、
それって実は紙一重の話であって。
ぶっちゃけコミュニケーションをとりたい(かも)という人が場所に居合わせるというもの。
共通のバックグラウンドは無いので、そこになんらかの装置を用意してやることが必要となる。
それも、なるべく人間の感情をあらわしたものがいいのかもしれない。
それをみこしてメッセとかスカイプでも顔のやつとかがあるんだろうけどね。。。
あんまり機能してないような気もしなくはない。

ツールはあくまでツールでしかないのか。
そりゃそうか。



人の個性とも取れるのかもしれないけど、
多分これも自分のわがままで。
行き場が無くなる。
落としてもなんの反応もない水面。
それはそれで美しいし、存在していても不思議は無い。
問題はそこに移る自分の姿。

むこうとあわないと感じないのであれば、
ならばこちらがコミュニケーションの純度を落とすべきなのか、
多分に自分がそれに依存してるのか、

未だに答えが出ない。
わりきれれば、興味がなければ楽なものなのに。。。


うーm

とりあえず、僕は僕のやれることをしよう。
輪廻さん同様、止まっていたくはない。


せっかく昼間にもどってこれたのだ。
熱く、笑って、もっと先に僕は進みたい。
  1. 2009/05/15(金) 05:36:23|
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

>>絵と多少の距離関係構築の生産。
ダウト! そんなの・・・できてますっけ?;
絵はともかく距離感は逆にはなれてきているような・・・うわなにをs
チャットはリアルなど関係なくとも結局はコミュニケーションの一つ・・・要するに、これによって人格構成に影響が出るのはもちろん、ストレスだって出ます。
だけど、その反面人のことをもっと良く知ることの出来るツールでもあるから、どっちもどっちなんですよね
個人的にチャットは結局①でも②でもあるのだろうけど……
結局その人の本質を見抜く見抜かないはその人の技術しだい。
リアルじゃないと見抜けないっていうわけでもないと思ってます。(リアルで見抜くというのはあくまで確率が高くなってるだけで、実際人を見抜くことはできるんじゃないかなとおもってます)

ただ……問題は何人も、何百人も接してるとこの人はこんな人と覚えているのがだんだんごちゃまぜになってわからなくなります(実際自分がそうなんどえすが;)
だから、あまり深く足を入れすぎると……苦労するというわけです。(もう手遅れなのですがorz)

とああだ、こうだといってもどうしようも無いので前にすすむのみですねw

  1. 2009/05/16(土) 20:21:46 |
  2. URL |
  3. 輪廻@9529 #-
  4. [ 編集 ]

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